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オハッド・ナハリン / Ohad Naharin
オハッド・ナハリンはダンサーとしてのトレーニングをバットシェバ舞踊団で始めました。1年後、マーサ・グラハムが訪れた時、彼女に招かれニューヨークへと渡米します。そしてグラハム舞踊団へ入団、それと同時にアメリカン・バレエ・シアタースクールの奨学金を得て1年後にはジュリアード音楽院へ入学します。Maggie BlackやDavid Howardに師事を受けます。
その後、モーリス・ベジャール舞踊団に賛演します。1980年にニューヨークの平林和子スタジオにて振付家としてのデビューをします。
彼の希望として、1980年から1990年の間にグループで公演活動をニューヨークで続ける中、インスピレーションと援助をうけた人達を記憶として残すということを願い、記します。Gina Buntz, Beate Gordon, David Godon, Kazuko Hirabayashi, Mari Kajiwara, David Manion, Larry Rhodes, Aviva and Emanuel Sella, Mary G. de White and David White. 1990年、バットシェバ舞踊団より芸術監督として任命されます。そして2003年9月にナハリンは正式なカンパニー振付師となります。

これまで彼の作品が上演・プロデュースされたシアター、カンパニー:

パトリシア・ワイルド/ピッツバーグバレエシアター
イリ・キリアン/ネザーランドダンスシアター
グラディミア・パンコフ/グランドシアター デ ジュネーブ
ウイリアム・フォーサイス/フランクフルトバレエ
グラエム・マーフィー/シドニーダンスカンパニー
ヨーゴス・ロウコス/リオンオペラバレエ、
ラリー・ロデス/レスグランドバレエカナディアン
クリストファー・ブルース/ランバートダンスカンパニー
ナチョ・デュアート/バレエナショナルマドリッド
ジョーマ・ウオティネン/フィンニッシュナショナルバレエ
マッツ・エック/クルベーグバレエ
イラシティー・カルドス/バレエゴービンキャン
イヴォニッチ・サティエ/バル デ シダアデ デ サンパウロ
コンスタンツア・バーノン/バーバリアンステイトバレエ
ピア・フォースグレン ロバート・ウェル/ザジュウイッシュシアター
アンダース・ヘルストン/ゴーゼンバーグオペラバレエ
ブリッジット・レフェブレ/オペラナショナルデパリス
ルー・コンテジム・ビンセント/ハーバードストリートダンス シカゴ

彼の母親はダンスと振付の先生でした。父親は心理学者で特には心理劇でした。ナハリン自信、ダンスを始める以前に音楽の勉強をしていたという事もあって、ときどき音楽構成とのコラボレーションを行なう事があります。
1998年にフランス政府から「芸術文学部門騎士勲章」を、2002年と2004年の2回にわたってニューヨークで「ベッシー賞」を、2005年には権威ある「イスラエル賞」のダンス部門賞を受賞しています。ナハリンは故マリ・カジワラと結婚していました。

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